人は自分を磨けば磨くほど、他人の中に特別なものを見いだせる。凡人には違いなど分からないのだ。(The greater intellect one has, the more originality one finds in men. Ordinary persons find no difference between men.)

再びBlaise Pascal、パスカルの言葉です。
ダバダ〜 ダバダ〜 ふ〜。
昔「違いが分かる男の・・・」というコマーシャルがありましたが
そんな感じでしょうか。

私は常に広く浅くものごとを知りたいタイプなので
じっくり深める、ということがあまり得意ではありません。
「分かった!」と思った瞬間が、
これまで、何に関してもあまりなかったのだと思います。

それでも、浅はかなりに掘り進めていったものも少々あります。
そして時折「おお」と思う瞬間はあります。
そんなすごいこと、あの人はしてるんだ。
こんな大変なこと、通り過ぎて今のあの人がいるんだ。
自分ではできないことをやっている人というのは、本当に羨ましい。
尊敬します。そして、ただただ羨ましいと私は思ってしまいます。

 

 
いろいろなモノを「知っていく(会得していく)」という作業にはキリがありません。
それは何も、机に向かって勉強することだけを指しているのではありません。
何かについて、それぞれのやり方で精進するとき、
やればやるほど「終わり」が遠ざかり
やがて「終わりなんてないんじゃないか」という気持ちになります。

与えられる情報は常に「出発点」。
そこからどこに向かっていくかは受け手である私たちの責任で決めなくてはなりません。

「終わり」は、あって、ないのかもしれません。
自分が「終わり」と思えば終わるし、「終わらない」と思えば終わらない。
だから、その過程は、自分との対話です。

でも終わりがなくても、確実に身になっていくものがあり、
知った後だからこそ感じとれるもの、
その価値がわかるものというものがあります。

その大変さを知っているからこそ、
それを成し遂げた人の努力を想像できて、評価できる。
それを成し遂げてなお努力する人の偉大さが、分かる。
そして、それを素直に尊敬できるのですね。
自分の立場が脅かされる・・・そんなことは一切考えません。
純粋に、敬意を表する

他人や物事を批判するのは、何ともたやすい行為です。
今そこに見えないものを列挙すればいいのですから。
でもそんなことに労力を費やすのは、何となく惜しい気がします。
今そこにあっても見えないもの
あるいは角度を変えて初めて光るもの
それを見る「目」があってこそ見えてきます。
そんな「目」を持ちたいものですね。

最後にこちらをぷちっとしていただけると幸いです

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