「何を」経験したかではなく、「どう」経験したか。

日本にいる知り合いの方に
悲しくもご不幸や困難が相次いで起こったことがありました。

でもその方はいつも変わらず。
人を気遣い
おどけて人を和ませる
そんな方なのです。

そしていとも簡単に(と見える)
その「悲しみ」や「不幸」を話してくださるのです。

 
その境地に至るまでのその方の心の足跡を考えれば
どれほどの痛みがそこにあったのかと
想像に難くはありません。

それでももしかしたら
その想像も全く私の勝手な思い込みで
その人は難なくクリアしたのかも、とも思います。

いろいろな方とお話しする際
どうしてその人が今の人となりになったのかを考える際に
過去の出来事に注目しがちです。

もちろんそれは意味のあることで
その出来事がその人にとってどういう意味を持つかを解明すると
今のツラさが少し和らいだり
うまく付き合えるようになったりします。

しかしだからといって
10人中恐らく6人が同じような結果になっているからといって
ある出来事が
私たち人間をすべて同じような「人となり」に形成するわけではありません。

同じ出来事を「どう」体験するかに
その人の過去が大きく関わっている場合があるのであり
「何」を、だけではない。
そうではないと
今ではすでに変えることができない過去の出来事が
自分の人生をコントロールし始めて
自分のチカラではどうにも
自分の「これから」を変えることができなくなってしまう。

だからその「どう」をしっかり捉えて
しっかり考えて行きたいと思います。

最後にこちらをぷちっとしていただけると幸いです

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「何を」経験したかではなく、「どう」経験したか。」への2件のフィードバック

    • はじめまして。コメントありがとうございます。
      (お返事が遅れまして申し訳ございません。アップしたつもりがされていませんでした・・・)

      そうですね。私は執念深いので、結構覚えているタイプですが(笑)、願わくば「記憶」になる以前に、経験しているときにもこんなふうに考えられればなぁ、と時折思います。

コメント

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