アーティストって。

先日、Painterである友人のおかげで
Stamford Downtown Shapesというプロジェクトに参加。
彼女と私の共同作品が展示されることになりました。
私たちの作品はどでかいChocolate Truffle(笑)。
可愛くて、とても愛しい作品ができました。
夏の間中コネチカット州スタンフォードのダウンタウンに飾られます。
この何週間か「Artist」と呼ばれてもぞもぞ過ごしました(笑)。

私はアート全体が大好きで、大体が雑食です。無節操ともいわれます。
そんな中恐らく音楽が一番、好き嫌いが激しいかと思います。
今でも交響曲は満員電車に乗っているような感覚になり逃げ出したくなります。

私にとって、距離をはかるのが一番難しいのも、音楽。
一番好きなバンドはライブもあまり見たくありませんし
できればインタビューも読みたくありません。
ただ、音楽だけを聴き、感じ取るので精一杯。

・・・むむ。結局ただの似而非ファンなのかもしれないと思えてきました・・・

先日、もうすぐ日本に帰るミュージシャンとお話をしたときに
日本に帰って「アーティスト⤴」になるのか「アーティスト⤵」になるのか
という面白い話をしました(笑)。

何度もブログに書いていますが
作り手のあざとさ」を私はいつも考えます。
作り手、というか、発信者側の、それです。
それは、良くも悪くも、必ず、ある。
でもある人のあざとさには心地よく乗っかることができても
ある人のあざとさには嫌悪感しか抱かない。
その違いはどこからくるのか。きっと永遠のナゾです。
だからこそ、アートの趣味は人それぞれなんでしょう。

今回ほんの少しだけ作る側になってみて・・・・
それが分かるかな、と思いきや、「ちぃとも」分かりませんでした。
でも周りの人の製作過程を見て、話を聞いて考えました。

作り手は受け手のことを考えても考えなくてもいけないんだな。
でも「届く」なんて思いあがってはいけないんだな。
最終的にはそんなことは関係なく
自分が自分を注ぎ込んで作って
それを見てもらったときに
受け取られたものがアートになるんだな。

そして

受け手は作り手の思惑なんて慮る必要も分かる必要ないんだな。
両者、それでいいんだな。

結局「あざとさ」のナゾはますます深まり
やっぱり私は、「アーティスト」には到底なれそうにもありません。
細々とボソボソと墨絵を書いて
秘かにウクレレをかき鳴らしているのが性に合っているみたいです。

最後にこちらをぷちっとしていただけると幸いです

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esu.

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