現代に生きる我々は、これまで以上に生きる方法はいろいろと手に入れたが、生きる意味は全く知らない。(Ever more people today have the means to live, but no meaning to live for.)

VIctor Frankl(ビクトール・フランケル)の言葉です。

またまた仙厓さんのお話をさせてください。
「仙厓百話」からです。 本当に好きです、この和尚さん(笑)。

ある日仙厓さんのところに来た人が聞きました。
「世の中いろいろと教えがありますが、
一体どれが一番ありがたい お宗旨なんでしょうか。」
聞かれた仙厓さん、
「そうじゃな、羅宗じゃな。」
「それは聞いた事ございませんが・・・?」
「親は親「らしゅう」、子は子「らしゅう」、
坊主は坊主「らしゅう」、 町人は町人「らしゅう」
・・・どうじゃな?まだ悟れんかな?」

・・・はい。座布団一枚。

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誰でも本当は命が勝つ、と信じているはずだ。でなければ、みんなとっくに死んでいる(All living beings believe that life will triumph, otherwise they would die on the spot.)

アランの幸福論からです。

ここ数日来、何故か友人たちの話に何かしらの共通点があり
それがきっかけで考えたことがあるので、
今日はそれについて書いてみよう、と思い立ちました。
自分のココロに優しい刺激を与えてくれる友人を持っている、
というのは本当に幸せなことです。
しかもその当人同士は知らない友人たちなので、
なんだか不思議な気分でした。

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きちんと感謝することによって、その人の素晴らしさを自分のものにすることができる(By appreciation, we make excellence in others our own property.)

Voltaireの言葉です。

何回かご登場いただいている仙厓さんに、こんな逸話があります。
仙厓さんを尊敬してやまない素麺屋の素久さん、
仕事熱心でまっすぐな性格。
仙厓さんの好物の牡丹餅を作ったのですが
温かいうちに食べていただこうと、
粉だらけの仕事着でとりもなおさず駆けつけました。
迎えた仙厓さん、もちろん喜んだのですが、奥に引っ込み、
わざわざ法衣に着替えて、恭しく丁重に受け取ったそうです。
いぶかる素久さんに仙厓さん、
「あんたが仕事着ば着て粉だらけで来なざったけん、
あたきも商売道具の法衣ば着ておうけせにゃ、罰があたる。」*

*石村善右 「仙厓百話」(石風社)より

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目を閉じて、見ろ。(Shut your eyes and see.)

James Joyceの言葉です。

有名な実験があります*。
被験者に目の前に両手を出してもらい、順番に刺激を与えます。
被験者には先に触られたと思う方の手を動かしてもらいます。
それだけの実験です。
被験者がそのまま両手を前に出した場合、
刺激時間が長くなればなるほど正確に回答するようです。
じゃあ、手を交差させたらどうか。
・・・刺激時間が短い場合、正解の割合が下がるそうです。

ところが。

机の下に両手を隠して同じ実験を行うと、
正解率が上昇するそうです。
面白いですね。

昔オードリーヘップバーンの「暗くなるまで待って」という映画がありましたね。

*北澤茂「脳のなかの時間」(「解き明かされる脳の不思議ー脳科学の未来」立花隆 クバプロ 2009)

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おバカなお利口になるよりも、お利口なおバカになれ。(Better a witty fool than a foolish wit.)

シェイクスピアの言葉です。
この言葉は有名な「十二夜」に出てくるもので、
きちんとした訳もあるのですが、
私はこんな感じに受け取りました。

なんだか、私がいつもなりたいと思っていた「礼儀正しい不良」や
フットワークの軽い小太り」に通じるものを勝手に感じ、
ぴくん、と反応してしまったのだと思います。

昔「刑事コロンボ」という番組がありました。
コロンボは万年警部補。よれよれのコートにポンコツ車、
よぼよぼの犬を連れたコロンボを、誰もキレ者のデカとは思いません。
その彼が後半眼光鋭く犯人を追いつめるのを、
私は毎週小気味良い思いで観ていました。

・・・もちろん、私はコロンボを「おバカ」だと言っているのではありません。

 

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人は自分を磨けば磨くほど、他人の中に特別なものを見いだせる。凡人には違いなど分からないのだ。(The greater intellect one has, the more originality one finds in men. Ordinary persons find no difference between men.)

再びBlaise Pascal、パスカルの言葉です。
ダバダ〜 ダバダ〜 ふ〜。
昔「違いが分かる男の・・・」というコマーシャルがありましたが
そんな感じでしょうか。

私は常に広く浅くものごとを知りたいタイプなので
じっくり深める、ということがあまり得意ではありません。
「分かった!」と思った瞬間が、
これまで、何に関してもあまりなかったのだと思います。

それでも、浅はかなりに掘り進めていったものも少々あります。
そして時折「おお」と思う瞬間はあります。
そんなすごいこと、あの人はしてるんだ。
こんな大変なこと、通り過ぎて今のあの人がいるんだ。
自分ではできないことをやっている人というのは、本当に羨ましい。
尊敬します。そして、ただただ羨ましいと私は思ってしまいます。

 

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堪忍の袋を常に首へかけ 破れたら縫え 破れたら縫え。

道歌から拝借しました。
以前ご紹介した「博多の仙厓さん」の歌と同様、
落語「天災」でこの歌を覚えました。

この歌をアメリカ人の友人に説明するのはいつも一苦労です(笑)。
字面通りには伝えられたとしても、
その感覚は、伝わらないだろうなぁ。

「堪忍袋の尾が切れる」
私は短気でこらえ性がないので、よくあります。
どっかーん。ぷっつーん。
頭で、心で、何かがよく爆発します。
いかんな〜、穏やかに生きたいものだな〜、と思いながら
それでも切れるものは、切れるんです(笑)。

私たちはいろいろなことを「堪忍」しなくてはなりません。
痛み。悲しみ。苦しみ。
そうそう、以前、
人間が一番我慢できない感覚は「かゆみ」だ、と聞いたことがありますが、
本当でしょうか。
・・・・すみません、ちょっと脱線しました(笑)。

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勇気とは、自分がコワいことをやることだ。だから「コワい」ことを知らないかぎり勇気なんて出てこない。(Courage is doing what you’re afraid to do. There can be no courage unless you’re scared.)

Eddie Rickenbackerの言葉です。

いじめ」の問題を考えると、本当に無力感に襲われます。
何を言っても、とてつもなく虚しく感じることがあります。
理屈では何とも説明がつかないからでしょうか。

いじめられた人。いじめた人。その家族。
気づかなかった人。気づかないフリをした人。その家族。
誰が悪いか、何が悪いか、分からない。
特にいじめは他の犯罪にも増して当事者が子供同士のことが多く、
よって問題は社会的に複雑になります。

何をしたらいいのか。どうしたら防げたのか。
いじられる子も、いじめる子も。

 

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戦いそれ自体が面白いのだ。勝利ではない。(It is the fight alone that pleases us, not the victory.)

Blaise Pascal、パスカルの言葉です。
「パスカルの定理」っていうのが、ありましたね・・・何でしたっけ?

以前モチベーションについて考えたときに
「内因性(intrinsic)」「外因性(extrinsic)」についてみてみました。
この言葉は、明らかに「内因性」の匂いがするのですが、
でも「外因性」の方にもあてはまらないわけではありません。

何かにパッションを注ぐことができたとき、
人は結果とともに、あるいは結果よりも
その過程を楽しむようになるのかもしれません。

でも確かに、「じゃんけん」などは結果が大切かもしれません。
勝たないと、手を挙げてふり下げる過程に意義を見いだすのは、
ちと辛い・・・かな?

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私を魅きつけるものは才能や魅力ではない。熱情を持ってそこに「在ること」だ。(It is not a talent or charm that attracts me; it is the very being with passion.)

・・・お恥ずかしい限りでございます。
私が思っていることです。
きっとどなたか賢人が先に仰っていると思うのですが、
ぴたりとした名言を見つけられなかったので、そのまま書いてしまいます。

人の才能や人柄や・・・いえ、そんな次元の話ではなく、
「その人が在る」ということ自体に「ホレて」しまったとき、
息ができなくなるくらいの一撃を脳天に喰らうことがあります。
それは幼い頃のほのかな恋心とは違い
理不尽に私たちの感性をひっつかみ、ねじり、震えさせます.

世の中には「Motivational speaking」のようなものがあります。
その効用にはものすごいものがあって、
だからこそそれがたくさんの人を力づけているのだと思います。
Tony RobbinsもOprahも、たくさんの人を勇気づけてきました。

それでも私は何となく馴染めないところがありました。
人が何かを言って、それがある人にとって動機付けになる、というのは、
何となく「結果論」であるべきだと思っているからかもしれません。

「動かしてやろう」として動くものではない。
人間ってそういうものでもあると思うのです。

 

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