着物は目に触れて命ですから。

藤山直美さんの言葉です。

以前アウトレットで、ある高級ブランドのバッグを90%オフで買いました。
表に一筋、キズが入っているからです。
使い始めれば、ネコにひっかかれるやら粗雑に扱うやら
一本どころではないキズがつくのでラッキーとばかり買いました。

ところがそのバッグは、ぱかっ、と口が開いているバッグで
何となく心もとない。
仕方ないので、マンハッタンの革製品のお店に持って行き、
マグネットをつけてもらうようにお願いしました。

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『8 mile』のB-Rabbitのような。

2002年のアメリカ映画『8 Mile』。
主人公はあのEminem演じるB-Rabbit。
ラストシーン。
Rap Showdownに勝った彼は狂喜乱舞する友人に囲まれながらも
「じゃ、仕事に戻らなくちゃ」と帰って行きます。
勝利を祝って騒ぎたい友だち。
一緒にこのShowdownを運営していかないかと誘う友だち。
そんな彼らに「きっとオレは自分だけの何かを見つけたいんだと思う」。
そういって、短調な仕事に戻って行くのです。

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「自分事」としてみる。

友人が気づかせてくれた言葉です(ありがとう、Gくん!)。

「冷めている」のと「大人びている」のは違います。
「無関心」と「不干渉」は違います。
「あきらめ」と「達観」は、違うのです。
でも何だかそれらがあいまいなままになっているような気がします。

 

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プチ鬱やら微魔女やら。ド鬱やド魔女ではどうでしょう。

世の中「そこそこ」でいいようで、
私もよく「なんちゃって」料理をします。
ハードコアじゃないんですね。
見かけが似てたり、味が似てたり
何か違うものが入っていたり。
完全じゃない。でも食べられる。お腹もこわさない。
そんなもの、よく作ります。

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いつ夜明けがくるか分からないから私はすべてのドアを開けるの(Not knowing when the dawn will come I open every door. )

Emily Dickinson の言葉です。

私は実のところ引き蘢っていても何も苦痛を感じないくらいの人間です。
決して人嫌いというわけではありません。
でも外に出ないからと言ってむずむずすることもありません。
でも何だか引き蘢っていると
ちょっとした罪悪感というか
そんなことを感じることがあります。

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コワい経験をしたら、コワがればいい。乗り越えることはコワさを忘れることじゃない。

先日またもや間抜けなことをしてしまいました。
ガス欠です。
運転をしておりましたら、アクセルを踏んでも
ぱこぱこ。
鈍い音しかしません。はは〜ん。またやったな。
以前も経験がある私は、取り急ぎ路肩に寄って、助けを待ちました。

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人は自分が思うよりずっと運がいい。でもその運をつかむのはほんの一握りの人だけだ。

鶴瓶師匠が、「棚からぼた餅言うけど、落ちるところにおらんと」と仰っていましたが、
まさしく、それですね。

結構棚からぼたぼた落ちてるんですよね、ぼた餅。
でもキャッチできない。
拾えない。
それが普段の私たちです。

 

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結局はココロに何を着るか、だ。(After all, you can flaunt only what you have in your mind and heart)

母の言葉です。

元々小さいころからあまり外見やお化粧などといったところに興味がない上に
さらに興味を向けられることなく育ってしまった私は
時に母をそれで恨むことがあります。
でも小さいときはあまり疑問を持たず納得していたものです。

・・・今考えれば、あまり裕福ではなかった家庭を守る
母の作戦だったのかもしれません。
洋服なんて買い始めたらキリがないですもんね。

・・・あるいは、たまに服を買ってくれるかと思えば
「お前の入社式に」とオレンジのスーツを買ってくる母は
自分の趣味が常軌を逸していたことに気づいていたのかもしれません。

 

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