田山涼成さんが引用されていたのですが、つかこうへいさんの言葉だそうです。
お芝居の批評などで「主役の○○、好演」とか「××の熱演が芝居を動かしていた」
などと書かれることがありますが、
それは、他にいいところがないからだ、と田山さんはいいます。
「熱演」していることがバレてしまったら、
それは役者の力量不足なのではないか、ということでしょうか。
本当に優れた役者は演じていることすら観客に忘れさせてしまう、
ということでしょうか。
田山涼成さんが引用されていたのですが、つかこうへいさんの言葉だそうです。
お芝居の批評などで「主役の○○、好演」とか「××の熱演が芝居を動かしていた」
などと書かれることがありますが、
それは、他にいいところがないからだ、と田山さんはいいます。
「熱演」していることがバレてしまったら、
それは役者の力量不足なのではないか、ということでしょうか。
本当に優れた役者は演じていることすら観客に忘れさせてしまう、
ということでしょうか。
説明不要ですね。
人に情けをかけると、それがいずれ自分に巡ってくる。
そうかもしれません。
でも私はちょっと違うのかな、と思っています。
最近その思いが強くなってきたので、
ちょっと短いんですが、忘れないうちに(笑)
今日はそれを書こうと思いました。
昔観たThe X-FIlesに、こんなエピソードがありました。
その怪物は、不治の病で苦しむ人を生きたまま食べます。
でもその後でその人を吐き出し、その人は生き返るのですが
その病気だけは、その怪物が引き取ってくれるのです。
でもその怪物にも限界はあって
いずれ弱って死んでしまうんだそうです。
切ないお話でした。
Elizabeth Kenny の言葉です。
あるとき九州は小倉のあるお寺のお坊さんが
仙厓和尚さんのところに問答に来ました。
「如何か極楽」と問うと、仙厓さんはごろんと寝てしまいました。
さらにお坊さんが「如何か地獄」と問うたのですが、
仙厓さん、知らん顔でぐぅぐぅ。
お坊さんは腹を立てて「無礼千万」と帰りかけました。
すると和尚さんむっくり起き上がり、
「其処じゃ、その今のあんたの心が地獄じゃ」
*「仙厓百話」より
Joseph Wood Krutch の言葉です。
2012年、最後の投稿となりました。
今年も、決してhappyとばかり言い切れない一年でした。
個人的にはいい事もたくさんあったのですが、
世の中に目をやればあまりに辛い事件もたくさん起こり、
胸を痛めることも多くありました。
いや、生きていれば
happyばかりな年なんて
本当はないのかもしれません。
Keanu Reeves の言葉です。
コネチカット州ニュータウンでの悲劇は
本当なら家族が楽しく過ごすこの時期に
大きな悲しみをもたらしました。
一番知りたいけれど
それを知ったからと言って失ったものは戻ってこない・・・
そんな”why”は、まだ明らかになっていません。
ただ、分かっているのは
この事件がまた、これまでの事件と同様に
たくさんの人に大きな悲しみ、やり場のない怒り、
そしてある意味では無力感ともいえるやるせなさを
もたらしたということです。
ビートたけしさん、「間抜けの構造」からです。
惜しまれて惜しまれて逝ってしまった中村勘三郎丈。
生前に「型をしっかり覚えた後に、『型破り』になれる」
というようなことを仰っていたそうです。
「型」は知らなくてはならない。
知っているからこそ、その「型」を破れる。
「伝統を守る」というのは、
ただ単に「その形を伝承する」だけでは、
ないのですね。