槇原敬之さんと 世阿弥。

「僕の背中は自分が 思うより正直かい」
ご存知槇原敬之さんの「どんなときも」ですね。

いろいろな方とお話していると
やはり「他人の目」というものから本当に逃れるのは
難しいな、と感じます。
また完全に逃れるべきものかどうかも、分からなくなります。

ロビンソン・クルーソーでもない限り、
いえ、彼ですらフライデーがおりましたし、
人間は完全に一人で生きる状態にいることは難しいようです。

 

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でも結局、あれ以上のものはなかったと思う。

Where Would I want to be?

Where would I want to go?

中学時代の友人に、中学校卒業以来初めて会いました。
友人、といっても中学時代にお互い話した記憶もあまりなく
ですから逆に聞きたいことだらけで
新しい発見だらけで
でもとてつもない懐かしさに包まれながら
それはそれは楽しい時間を過ごしました。

 

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問題が手に負えなくなると、私たちはちょっと神経を鈍らせてみるものだ(If people can’t deal with their problems, they numb themselves a little bit.)

It hurts.  So don't cry.

It hurts. So let’s cry.

Kevin Nealonの言葉です。

辛いことがあるとき
ストレスがたまるとき
私たちは「考えないようにしよう」と思います。

また、年を重ねてくると
これまでの経験から何となく「先が読める」ときもあり
こんなものだ。
そんなものだ。
そう無理矢理納得することで
その場を凌ぐことも多くなってきます。

賢いのかなぁ。
確かに、賢いのかもしれません。

 

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何か言いたいことあるなら、直接言ってほしいなぁ、ぽちくん。

Bury Me

Bury Me

今日でぽちくんが逝ってから8年が経ちます。
あ、「ぽちくん」というのは、父のことです(笑)。

最近左の腕がイタかったり、
身体の左半分がばりばりに凝っていたり。
そんな話をしたら、友人は「身体の左側は父方のメッセージなんだって」
と教えてくれました。

ほう。

ぽちくん、何か言いたいこと、ありますか?

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「孤独」は自身の貧しさを意味し、「孤高」は自身の豊かさを表す(Loneliness is the poverty of self; solitude is the richness of self.)

We are all alone.

Solitude with Friends

May Sartonの言葉です。

私もこんな年までふ〜らふら、ふ〜らふらしておりますので
皆様にご心配をかけております(笑)。
そしてなんだか「大変そうだね」といわれたり
かと思うと「自由でいいね」と言われたり。

そのどれもが真実なので
元気よく「はいっ」とお答えするしかないのですが。
だって、大変で、ラクなんですから。
・・・みんな、そうなのではないでしょうか。

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極めて私的なものだけが、普遍的になり得る。

アートについて考えるとき
それが小説だろうが映画だろうが音楽だろうが
いつもこのことを考えます。

私的なものは独りよがりじゃないのか。
普遍的なものとは、何なのか。

考えていると、別にアートだけではなくて
仕事だろうが毎日の生活だろうが
どんなことにも当てはまるような
そんな気がしてきました。

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