勇気とは、自分がコワいことをやることだ。だから「コワい」ことを知らないかぎり勇気なんて出てこない。(Courage is doing what you’re afraid to do. There can be no courage unless you’re scared.)

Eddie Rickenbackerの言葉です。

いじめ」の問題を考えると、本当に無力感に襲われます。
何を言っても、とてつもなく虚しく感じることがあります。
理屈では何とも説明がつかないからでしょうか。

いじめられた人。いじめた人。その家族。
気づかなかった人。気づかないフリをした人。その家族。
誰が悪いか、何が悪いか、分からない。
特にいじめは他の犯罪にも増して当事者が子供同士のことが多く、
よって問題は社会的に複雑になります。

何をしたらいいのか。どうしたら防げたのか。
いじられる子も、いじめる子も。

 

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戦いそれ自体が面白いのだ。勝利ではない。(It is the fight alone that pleases us, not the victory.)

Blaise Pascal、パスカルの言葉です。
「パスカルの定理」っていうのが、ありましたね・・・何でしたっけ?

以前モチベーションについて考えたときに
「内因性(intrinsic)」「外因性(extrinsic)」についてみてみました。
この言葉は、明らかに「内因性」の匂いがするのですが、
でも「外因性」の方にもあてはまらないわけではありません。

何かにパッションを注ぐことができたとき、
人は結果とともに、あるいは結果よりも
その過程を楽しむようになるのかもしれません。

でも確かに、「じゃんけん」などは結果が大切かもしれません。
勝たないと、手を挙げてふり下げる過程に意義を見いだすのは、
ちと辛い・・・かな?

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この明鏡を常にきれいに光らしておき、その面前に来るものは何者によらずそのままに必ず映るようしておくことである(keep this mirror always bright and pure and ready to reflect simply and absolutely whatever comes before it)

Daisetz Teitaro Suzuki(鈴木大拙)「Introduction to Zen Buddhism」からです。

私は、「言葉」が大好きです。
何故なら「言葉」は美しいし、
ただ目の前にあるもの、見えるものだけでなく、
その背景にある豊かな文化を伝えてくれるからです。
ですから、他国語を聞くのも習うのも大好きです。
その「言葉」が生まれ育まれた背景に想いを馳せるのが好きなんだと思います。

大学時代に1回だけ挑戦したエスペラント語だけは
残念ながら、見事に何も残りませんでした。
構想は雄大だと思ったのですが、
・・・多分、私には血が感じられなかったのかもしれません。
「言葉」は、記号じゃない。・・・はず。「言語」だけじゃない、はず。

・・・でもその反面、私たちはその美しい「言葉」と論理によって
がんじがらめにされることもあるなぁ、とも思います。

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自分が何者であるかに固執しなければ、自分がなり得る最高の自分になれる(When I let go of what I am, I become what I might be.)

Lao Tzu、老子の言葉です。
自分は、何者なんだろう。
年を重ねれば年を重ねるほど、いろいろな「自分」ができてきます。
家での自分。会社の自分。友達といるときの自分。一人でいるときの自分。
多分、どれも本当の自分なんでしょう。

時には「オレは、ワタシは、いつも一緒」とおっしゃる方がいますが、
羨ましいと同時に、ホントかな、と思うこともあります。

大人になると面倒なもので
「本当の自分」だけではなく「なりたい自分」、「なった方がラクな自分」、
「ならざるを得ない自分」など、いろんな自分が増えていきます。
最近増殖して複雑化するパスワードのような、たくさんの情報を扱うのが苦手な私でも、
恐らく三通りくらいの自分はありそうです。

でも、どれも、自分。どれも、自然。

・・・どれも本当の自分で、自分にあらず。
萬斎さんではないですが、「ややこしや〜。ややこしや〜。」

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悲しみを知らない人は、幸せの本当の意味が分からないだろう(I do believe that if you haven’t learnt about sadness, you cannot appreciate happiness.)

ギリシャの歌手、Nana Mouskouri の言葉です。
金八先生みたいですね(笑)。
「優しいという字ばよく見てみぃ。人ン横に憂いが立っとろうが。悲しみが立っとろうが」

人は悲しみが多いほど 人には優しく できるのだから。

・・・私たちの世代には懐かしいお話です。

本当なら、辛い悲しいことなんて体験しない方がいいのに、と思ってしまいます。
それでも避けて通れないのが私たちの毎日です。
「SACHIKO」さんも「不幸せ数えたら 両手でも足りない」そうです。
・・・涙って、本当に枯れるのでしょうか。

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どこからアイデアを得たのかうまく隠しさえすれば、あなたはクリエイティブになれる。(The secret to creativity is knowing how to hide your sources.)

Albert Einstein の言葉です。

ニューヨーク大学夜間コースに通っていたとき、映画製作のあるクラスで、
コマーシャルのディレクターだった先生が最初にこう言いました。
「何を思いついても自分がオリジナルだと思うな。
今までに必ず誰かがやっているんだから」
ひぇ〜。厳しいお言葉です。

でも、本当にそうなのですよね・・・
オリジナルなものは、彗星のように、何年かにいっぺんしか現れない。
だからこそ、何かオリジナルなものを求めて、みんな頑張るんですね。

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穏やかで無垢になるために必要なもの、それは離脱である(He who would be serene and pure needs but one thing, detachment. )

Meister Eckhart の言葉です。

もともと格言集はよく読んでいましたが、
ある事柄が時間を越えて、国境を越えて
いろいろな表現で語られているのを見ると感動を覚えます。
「みんな考えることは同じ」という喜びでしょうか。

もちろん、その国、信仰、文化などによって細かい解釈は違うのかもしれません。
でも受け取る私たちにしてみれば、出発点が何であるにせよ、
その宗教的、文化的な意味に違いがあるにせよ、
とある真実を目の前につきつけてくれることがあります。
それでいいと思うのです。
何でそう言っているか、ではなく、何を届けるか。
そして何を受け止められるかは、私次第だと思うのです。
だから、名言。

 

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悲しくなるような記憶を持ち続けるより、それを忘れて微笑む方がずっといい。(Better by far you should forget and smile than you should remember and be sad.)

Christina Rossetti の言葉です。

人間は忘れる動物である。そうですね。

忘れる」っていうのは便利なときがあります。
「そんなこと、もう忘れちゃえよ」
そう思うようなことはさっさと忘れたいですね。
うーん。でもなかなか忘れられない。

その反対に、「忘れる」っていうのは「困ったこと」である時があります。
「あ、郵便出すの忘れちゃった」
「あれ、あの人の名前忘れちゃった」
年を重ねてきた母と俳優の話をすると
「ほら、あの映画のあのナントカ、っていう役をやった人よ」という
情報量の非常に少ないヒントをもらってうーん、うーん、と苦しむこと多々ですが、
最近私も、そんな母のことを笑っていられない状況になってきています。

パジャマのズボンを脱ぎ忘れ、その上からスーツを着て窮屈に思い、
「最近太ったかな」と不審に思いながらも職場に行ってしまった父を思い出します。

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自分が何を知らないかも分からないような人は、自分ができることを注意深く遂行しようとする人をひどく攻めるものだ (The unconsciously incompetent attack harshly the consciously competent.)

Mike Myers(マイク・マイヤーズ)の言葉です。
そう、「オースティン・パワーズ」「シュレック」の彼です。
これは有名な「Four Stages of Competence」からの引用ですね。

私は彼の仕事論を聞くのがとても好きです。
彼はリハーサルをしているところを見られるのが、イヤなんだそうです。
だから見えないところで努力する。
見えないところで練習して、さあ、どうだ、と見せたいんだそうです。
彼はいつもおちゃらけているような印象がありますが、
インタビューで時折見せる真面目な顔は、真剣そのものです。

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ノロノロ運転しているヤツは馬鹿者だし、自分よりとばしてるヤツは狂ってる、と思うだろ?(Have you ever noticed that anybody driving slower than you is an idiot, and anyone going faster than you is a maniac?)

George Carlin の言葉です。

車の運転には人柄が出るなぁ、といつも思います。
それほど混んではいませんが、それでもそこそこ車が詰まっている時、
少しの隙間でもぬってとばして行く人。
追い越し車線でノロノロ走り、おかげで誰も追い越せずに後ろにずら〜っと車が詰まっているのに、
一向に気づかずにやっぱりノロノロ行く人。
高速道路の合流地点で、車が合流しようとしているのにわざわざ合流車線に車線変更する人。
合流する車も、もう一台待てばその後には誰もいないのに、
わざわざ最後の一台の前に割り込もうとする人。

毎日車で通勤している私は、
毎日車で「意味わかんな〜い!!!」と叫んでいます。

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