人は自分が思うよりずっと運がいい。でもその運をつかむのはほんの一握りの人だけだ。

鶴瓶師匠が、「棚からぼた餅言うけど、落ちるところにおらんと」と仰っていましたが、
まさしく、それですね。

結構棚からぼたぼた落ちてるんですよね、ぼた餅。
でもキャッチできない。
拾えない。
それが普段の私たちです。

 

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「どうせ」というのは、棄権するための卑怯な常套文句。

「自分のチカラ」
2歳のBirthday Weekに
これからは少し「自分のコトバ」も書いてゆこうかと思っています。
ますます訳の分からないヒトリゴトなりそうですが、
どうかお付き合いくださいませ。

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結局はココロに何を着るか、だ。(After all, you can flaunt only what you have in your mind and heart)

母の言葉です。

元々小さいころからあまり外見やお化粧などといったところに興味がない上に
さらに興味を向けられることなく育ってしまった私は
時に母をそれで恨むことがあります。
でも小さいときはあまり疑問を持たず納得していたものです。

・・・今考えれば、あまり裕福ではなかった家庭を守る
母の作戦だったのかもしれません。
洋服なんて買い始めたらキリがないですもんね。

・・・あるいは、たまに服を買ってくれるかと思えば
「お前の入社式に」とオレンジのスーツを買ってくる母は
自分の趣味が常軌を逸していたことに気づいていたのかもしれません。

 

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私たちがネガティブになるときは、実は自分の傷ついた魂をガムテープで補強しようとしているだけだ・・・そしてもちろん、魂なんて大切なものを補強するには、ガムテープじゃ足りない(When people are negative, they’re trying to put duct tape on their own damaged souls….and it could never hold together something as important as a soul.)

毎年夏になると、こちらの学校の読書課題の1冊に必ず選ばれる
「Schooled (by Gordon Korman)」からの引用です。
毎年同じところではっ、として読んでいます。

主人公の少年Capは、フラワーチルドレンの生き残りRain という祖母と
二人きりでGarland Farmに住んでいました。
ところが畑仕事中にRain が大けが。
町の病院に入院することになり、その間Capは
「普通の」学校に行く羽目になります。

「変わり者」だけどまっすぐなCapが引き起こす騒動と
変化して行く子供たちの様子が
毎章変わる語り部を通じて、活き活きと綴られます。

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自分のことばかり考えていることを「自分勝手」というのではない。人のことを考えないことをそう呼ぶのだ。(A man is called selfish not for pursuing his own good, but for neglecting his neighbor’s. )

Richard Whately の言葉です。

混雑した駅の、切符売り場の前で立ち止まってお金を探す人。
高速道路の入り口付近で合流車線に車線変更する人。
ビルの出口を出てすぐ立ち止まって電話をする人。
その車の後ろには誰もおらず、直前には他の車がいるのにその間に割り込む人。

・・・自分も時々やりそうになるので、気をつけています。

 

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