We’re all stories, in the end… just make it a good one, eh?

Doctor Whoから、ドクターの言葉です。
「私たちは皆物語を紡いでいる。だから最後には・・・いい話にしようじゃないか」

Self-Authorshipという言葉があります。とっても大好きな言葉です。
この”author”は必ずしも物語を書くための”author”という意味だけではないのですが
深い可能性を持つ言葉として、よく考えます。

人の人生は物語。その物語を聴くのが
私が関わっている仕事の醍醐味の一つでもあります。

・・・そしてワタクシゴトながら、今日は誕生日。
新しい章を開くことができるでしょうか。

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「医者を目指すなら、哲学ぐらい勉強しておけ」

アメリカでは卒業シーズンも終わり
夏休みに入りました。
とはいえお休みなのは生徒さんのみで
私の仕事は平常運転ですが・・・

すでに仕事を見つけた人。
1年ほどお休みをとって旅行をする人。
大学院やメディカルスクール、ロースクールなどへ向けて準備をする人。
仕事もやりたいこともなく、まだ迷っている人。

良し悪しは関係なく
卒業後もこういった人々は常にいます。
皆模索しながら、未来をつかもうとしています。

 

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カルネアデスの舟板。

あるとき、舟が時化にやられて、難破します。
やっとの思いで、一人の船員が板切れを見つけて漂流し助けを待ちます。
そこに、もう一人、九死に一生を得た船員が
やはりその板につかまろうと近づいてきました。
でも、その板は二人の人間がつかまれば重みで沈んでしまいます。
最初の男は、後から来たその船員を溺死させてしまいました。

最初の船員は、罪に問われるべきなのでしょうか。
それとも「緊急避難」なのでしょうか。
・・・というお話です。
他にも、推理小説やSFがお好きな方には、「方程式モノ」がお馴染みだと思います。

命の値段や重さは、みな平等。
頭では分かっていますが、どちらかを選ばなくてはならないとき
人はどういう選択をするのでしょうか。

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後悔していいのに。

rain rain

三年近く書き続けていると
ああ、この時はこんなこと考えてたんだ、とか
考えが変わってきたなぁ、と
自分の変化がわかって面白いことがたくさんあります。
別にどちらが正しいとかそういうことではなく
ただ、モノの見方や感じ方が変わっただけなんですが。

そのうちの一つ。「後悔」について。

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人の世は一寸先は闇、そして稀に光である。

今年10歳になる甥はTV版「鬼平犯科帳」の大ファンで
何パターンかのオープニングのナレーションを全部覚えているようです(笑)。
時代劇ファンの家族なので、門前の小僧といったところでしょう。
そのとあるエピソードのナレーションに、こんなものがありました。

「鬼平犯科帳」が終わってしまって、彼は大丈夫かしら。

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理由があるから嫌いなわけじゃない。嫌いだから理由が見つかる。

いつか「ヨルタモリ」でタモリさんがこんなことをおっしゃっていました。
そうなんですよね。
これは、人だけではなくいろいろな場面にも当てはまりそうです。
理由があるからやれないのではなく
やりたくないから理由が見つかる。

だからやっぱり
「好き」に理由はいらないんですね。あるかもしれません。でもいらない。
だって、理由なんて考える必要ないんですもの。

 

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Microagressionの両側で

小さい時の母の思い出は他愛もないものばかりで
夏の大嵐の日に安普請の公務員宿舎で
強風にたわむ窓ガラスをきゃーきゃー言いながら
一緒に支えていた時に見上げた母の横顔とか
近所の神社の「節分の日」の豆まきで
神社の人が撒いたサイコロキャラメルを
片手に私を抱いたまま母がナイスキャッチ。
「ポケットに入れておきなさい」と言われたのになんとなく眺めていたくて
ずっと手にしていたら隣の人とぶつかってあえなくキャラメルは地面に。
その瞬間にそのキャラメルをさらっていった手。
そして母の残念そうな顔。

そんな思い出を作れるのは、羨ましいと思いつつ
私は子供がおりませんので、甥っ子たちとそんな思い出を作ろうと思っています。

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