死ぬことはひどく辛いことだが、しっかり人生を生きずに死ぬのはもっと耐え難い(To die is poignantly bitter, but the idea of having to die without having lived is unbearable.)

Erich Frommの言葉です。

「Thanatophobia」という言葉があります。死、あるいは死ぬことへの恐怖です。
死への恐怖は、多かれ少なかれ、誰もが持っていると思います。
中には「早く天寿を全うしたい」と言う方もいるかもしれません。
私も実際に何人かお会いしました。

私も小さいころ、人は死ぬ、という事実を受け入れられず、
それがコワいからいっそ自殺した方がいいのではないか、と思ったこともありました・・・
ものすごいパラドックスですよね。

あ、もちろん、自殺なんて企てませんでしたのでご安心ください(笑)。
毎日は基本的に楽しくて、捨てるにはあまりに惜しかったのです。

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生きる訳を知っている人には、どうやって生きるかはあまり関係ない。(He who has a why to live for can bear with almost any how.)

Victor Franklが好んで(訳して)引用したFriedrich Nietzscheの言葉です。
Victor Franklは、「夜と霧」の著者、といえば皆さんご存知かもしれません。

昔から人は「なんで人は生きていくのか」ということを探求してきました。
いろんな意見があります。それらはみな、人生のある側面を鋭く映し出しており
なるほどと思うものばかりです。
で、いろいろあるので、その時々で自分に都合のいいものを引っ張って
自分の生き方を正当化したりします(笑)。
はい、「生き方のビュッフェ」ですね。いいじゃないですか。
自分の今にぴったり合うものが、必ずあります。
毎日生き方を着替えたって、いいかもしれません。

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感謝の念は魂の徳の証だ。(Gratitude is the sign of noble souls.)

Aesopの言葉です。

世の中、ありがたいと思うことは大切です。
でも、自分が苦しいときには、そんな気持ちはつい忘れてしまいがち。
あるいは自分に余裕がなくて、毎日生きるのに精一杯で、
そんな気持ちを持つことすらできない・・・そんなときもあります。
時には「人様のおかげじゃないもん。自分でやったんだもん!」というときもあります。

でも、人様だろうが、神様だろうが、お天道様だろうが、
何かに一日一度感謝する、っていうのも、悪くないかもしれません。
毎朝お日様に向かってお祈りしていた祖父の姿がふと瞼に浮かびます。

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話を全部聞いてやるまで、その人を評価することはできない(You cannot judge a Man till you know his whole story.)

Thomas Fullerの言葉です。

私たちはよく、「え〜、信じられない」という状況に遭遇します。
ちょっと考えてみてください。何かありませんか?
日々の習慣みたいな小さいことから、文化的な、政治的な大きいものまで、
世の中は自分の理解を超えるものに満ちあふれています。

納豆にふりかけを入れる、とか、
マックのポテトをマックシェークと一緒に食べるとおいしい、とか。

私は小さいときに、カレン族、でしたか、首にたくさんのチョーカーをつけていたり、
アフリカのとある民族が唇に大きな木の円盤を入れたりするのをみて、
ものすごくショックを受けたことがあります。
しかも、首の長さ、円盤の大きさが美の基準、となれば、やっぱり小さな日本人の頭は爆発します。

でも骨盤が小さくて、いつまでも子供のようにスリムでいたい女の子がたくさんいる日本も、
世界のいろいろな国々から見れば、とてつもなく理解不能なものかもしれません・・・。

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頭を空っぽにしろ。形にとらわれるな。水のようになれ。(Empty your mind, be formless, shapeless – like water.)

Empty your mind, be formless, shapeless – like water. Now you put water into a cup, it becomes the cup, you put water into a bottle, it becomes the bottle, you put it in a teapot, it becomes the teapot. Now water can flow or it can crash. Be water, my friend.

Bruce Leeの言葉です。ちょっと長いんですけど、
普段「あ~ちょ~」の印象しかない人が饒舌なのがなんとなく嬉しく全文引用(笑)。

ニューヨークでは、ご存知のとおりヨガとか気功とかMindfulness Trainingとか、
ちょっと東方的な香りがするトレーニングが流行っています。
仕事帰りや週末など、特に女性が目立つのですが、ヨガマット持って颯爽と歩く姿が見受けられます。
「毎日私は瞑想しているのよ~」なんていう友人もいて
何回かトライしただけで、まだまったく瞑想のstate of mind(精神状態)を体験できていない私は
ちょっとわけもなく焦りながらそういう人たちの話を聞いています。

でもいつも、なーんとなくなんですが、ちょっと不思議に思っていることがあります。

ヨガとか気功とか瞑想って、私たちの精神を落ち着かせるためのものだと思っているのですが、
どうもヨガやら気功やら瞑想やらやっている人の中には、
なんとなくギスギスしたり、イライラしている人の方が多い気がするんです・・・・気のせい?

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みんな重荷を背負ってる。問題は、どう背負うか、ということ。(Everyone has his burden, what counts is how you carry it.)

1958年の映画「Kings Go Forth」より、Monique Blair (ナタリーウッド)のセリフです。

どんなに忙しくても、辛くても、
毎日の生活には「あれしなくちゃ」「これやっとくべき」ということが山積みで
ついついそんなことに追われながら時間が過ぎていってしまうときがあります。

知らない町を旅してみたい。どこか遠くへ行ってみたい・・・と思いながらも
有給休暇はどんどん積もり積もって結局今年ももうすぐ終わり・・・・

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子供の欠点は、親の欠点そのものだ(The defects of the children mirror the defects of their parents.)

Herbert Spencerの言葉です。

私は自分の子供を持った経験がないので、Parenting(どういう親になるか)ということに対して
あまり言えないのですが、ただ、何十人と子供を教えた経験、また大学生まで含めてよければ
何百人と話をした経験から、なーーんとなく、お子さんを見ると家庭の環境とか、親御さんとか、
かなりの確率で正確に想像することができます。

自分もトシを重ねるごとに自分の母に似てきたりして(同じ年代の方、感じませんか?)、
あー、なんだかんだいって自分も結局ああなるんだなーと思う今日このごろ・・・

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自己否定は美徳ではない。単に卑劣な行為を狡猾に利用しているだけだ(Self-denial is not a virtue: It is only the effect of prudence on rascality.)

George Bernard Shawの言葉です。ふむ。

自分に自信がなかったり、自分を否定したり。誰でも経験があると思います。
謙遜、っていうとちょっと美徳みたいに思えますが、自己否定、ってそれだけじゃないんですね。

確かに反対側(対応してくれる人)の位置に自分を置いてみると、自己否定する人につきあうのって
結構疲れます。自己否定しているように見えて、否定してない人もたくさんいます(笑)。
なんだー、結局自慢かよ、みたいな。

自分を認めてもらいたかったり、自分に足りないところを確認して逆に安心したり、
はたまた本当に自分を嫌になっていたり。
それに、自分を認めて肯定するのって、結構勇気いりますから否定した方が簡単。

自分を否定する理由、そしてそれがどのように現れるかによって、人への影響が変わってきます。

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シャイ、というのはナルシストの印。他人が自分の外見や行動に興味を持っている、と信じているのだから(Shyness has a strange element of narcissism, a belief that how we look, how we perform, is truly important to other people.)

Audre Dubusの言葉です。
そう、人の目が気になる、っていうことは、人が自分を見てる、という自意識があるんじゃないか。
そういうことを言ってるんだと思います。人はそれほどあなたのことなんて、気にしてませんよ、と(笑)。

ナルキッソスというギリシャ神話の美少年の話がナルシシズムの元だそうですが、
自分しか愛せないようになる、というのもまた厳しい神様の罰ですね。

私たちもよく日常的に「ナルシスト」とか「あの人ナルシス〜」と言いますが、
「自己満」「自意識過剰」などと同義に使われてます。

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